index2003/12/20〜22 南東北でも、東北は東北です
冬の南東北なめんなよ!!2003/10/24〜27 飯山〜只見〜仙山ライン
紅葉づくしの撮影行2003/5/17 一度で二度美味しい?
鉄ちゃん達の善光寺詣2002/11/2〜3 東北特急リバイバル頻発!
翻弄される鉄ちゃん達!!2002/10/25 闇の秘密結社・ゴッパーサン
教とは?2002/8/12〜8/13 私は雨男?雨ばかりの東北行
その3・はつかり撮り収め?2002/8/9〜8/11 私は雨男?雨ばかりの東北行
その2・583系12連!2002/8/6〜8/8 私は雨男?雨ばかりの東北行
その1・小坂精錬2002/6/9 団臨づくしの
忙しい一日2002/4/28〜5/5 CARTとシゴナナと
ゴハチトロッコ2002/4/6〜4/20 トロッコファミリー撮り始めと
豊橋に583系来たる!!2002/3/30〜4/1 豊鉄7300形おつかれさま〜と
いつもとひと味違うゴハチ工臨2002/3/25〜3/26 本日の飯田線沿線はお祭り!!
ED18+旧客回送を追う!その22002/3/24 最後の伊那松撮影会(涙)
ED18+旧客回送を追うその12002/3/9 俯瞰撮影に生死を賭ける!?
117系団臨飯田線入線2002/2/9〜2/14 裏切りのP重連ツアーと
ゴハチユーロ祝!飯田線入線2002/1/19 福井鉄道のゆかいな電車達(笑)
おまけとして雷鳥ボンネット
2002/1/3〜1/14 大雪から始まり、
いもむし再会に狂喜狂乱?2001/12/28〜12/31 最後と思われる
冬臨583はつかり撮影行 others[top page] gallery: [50系客車最後の冬]
[583JNRsreeping train]
[飯田線の車両達]
movie: [別館]
bbs [おきらく鉄ちゃん掲示板]
まあ、日記のようなページです。
よ〜く他人サマのページに日記がありますが、赤の他人の長々とした日記を読まされるのは苦痛になるというのも、重々承知であります。
なるべく簡潔に写真を多めにするつもりですが、ついつい・・・って事もありますが、そこはどうかご勘弁を。
画像はDVカメラから取り込んだモノなので低画質なのは、またまたご勘弁・・・。
2002/11/2
東北新幹線の八戸開業を12月1日に控え、東北本線が途切れ、「はつかり」「はくつる」といった歴史ある列車の命運も、残すところあと30日余り。
9月の「ひばり」、10月の「ゆうづる」と往年の名列車を再現するリバイバル列車が頻発していたが、今月も「はつかり」「みちのく」の全線運転というリバイバル列車が設定されていた。こんな私が、やはりこの列車を撮りたくて、ウズウズとしていたのは言うまでもなく、先週関ヶ原まで行っておきながら、またまた出かけてしまったのである。
家を夕方出発し都内に入ったのは深夜1時ぐらいで、その後埼玉、そして(いつも古河がココに属するのはヘンに思うが)茨城、栃木に入る頃には5時になっていた。
しかし、眠い。10時間以上運転しっぱなしだ。宇都宮市街を抜け鬼怒川を渡り、見慣れた矢板のシャープの工場を過ぎ、町並みが途切れたかと思うと、もう那須だ。
もちろん、私はもうヘロヘロ・・・。那須には以前良く利用したドライブインがある。このドライブインには怪しい温泉があり、300円を投入するとゲートが開き入場できるのである。なんだか、外国の地下鉄の改札口みたいだ。
そして、この中には狭く汚い風呂があるのだが、那須だけあって湯だけは一丁前の硫黄臭のする誰が見ても?温泉だ。ここには三年ほど前に一回入ったのであるが、その時なんと、インキンになってしまった。多分、一緒に入ったトラックの運ちゃんにうつされたのである。
そんな曰く付きな温泉も、朝の4時ではやっておらず(確か営業は午前3時までだったかと)、少し眠るスペースを貸して貰う。仮眠後、もう少し北上する。福島県に入り久田野駅の周辺をロケハン後、もう少し北に進み矢吹周辺にも寄ってみる。地味ながら、なかなか良い雰囲気の場所で以前から好きな地である。シュプール蔵王を撮影に庭のように走り回った(荒らし回った?)三年前とあまり変わっていない様に見えるが、一つだけ確認したい場所があった。
それは、この近辺には途中で途切れている未完成の跨線橋があったのだ。大カーブの根本を跨ぐ様な場所で、なかなか良い場所であったが、肝心の橋が架かっていなくて三年前は撮影は不可能だった。恐る恐る、所々荒れたその跨線橋の入り口の道に入っていくと、跨線橋はもう繋がっていたのだった。橋上から確認してみると、確かに大カーブがすっきり見下ろせてなかなかの場所だ。しかし、奥に真新しい目障りな白い道路橋があるが・・・コレは昔はなかったのにな。
こんな場所なだけに、もう先客が一人いて、朝飯を食らいながらコチラを睨んでる。ちなみにこの時、まだ朝8時で「はつかり」通過予想時刻は15時過ぎの筈。まだ8時間もあるのであるが。。。いくら何でも、まだ早すぎるので郡山に向かって更に進む。先ほどの白い道路橋の正体はすぐに分かった。「あぶくま横断道路」という自動車道で、見たところクマしか歩いていなそうな、今流行りの不採算高速道の一つであろうか?。
「あぶくま」と言えば、今日は阿武隈地区を横断する磐越東線に「あぶくま紅葉号」というイベント列車が走るのだ。コレは、家を出る直前に某サイトで知ったのであるが、DE10の重連が旧客3両を牽くという、いかにもイベント列車らしい列車だ。これもかれこれ3年ほど前のハナシだが、当時磐越東線には貨レが設定されており、DD51が重連でタキなどを引っ張っていた。私が初めてこの列車を撮影に出かけた時には貨レの運転末期で、僅か5両ぐらいのタキをハイパワーなDD51の重連で引っ張っるというアホみたいな無駄遣いをしていた。この時は、いざという時の増結に対応する為が故の重連であったと思うが、オーバーすぎたようで、最後の最後にはDE10単機牽引に変更されて消えていった、もう過去の列車である。
三春周辺は厳しい勾配が続き、重い旧客を牽くとあっても、いくらなんでも重連はオーバースペックだろう。ちょっとその貨レと、この「あぶくま紅葉」号は少しオーバーラップして見えた。さてコイツを撮影しようと、ちょっと寄ってみるかな〜と貨レを良く撮りに通った三春の手前の跨線橋に行ってみると、すんごい人!。橋上の片側一車線は、同業者で埋め尽くされ入る隙などもちろん無く、自分の持って来た、たった50センチばかりの脚立では、歯がたたなかった。
仕方なく、要田駅手前のトンネル&大カーブという場所へ移動してみるが、ココもすんごい人。
とりあえず僅かな隙間に入れて貰い、なんとか撮影できたのであるが、直前に行って簡単に撮れるほど甘い列車じゃなかったようだ。ちょうどお昼前で光線が微妙で、サイドに光が当たるかどうかは自信がなかったが、もうそんな欲張りな事は言ってられなかった。ただ、このカーブは約90度向きを変える場所なので、何処かのアングルで順光になるだろうなあ〜と考えていると、トンネルの向こうから「ピイーーッイ」とホイッスルが聞こえてきた。
ディーゼルエンジンのけたたましい音が聞こえたかと思うと、二条の光が闇の中から現れた。タラコ色の機関車が飛び出したかと思うと、後ろには茶色の美しい色をした旧客が一両づつ現れる。
列車は車体を傾けながら、急なカーブで90度向きを変えていく。客車の真ん中に入った赤い帯が印象的だ。
![]()
煤煙もモクモクと吐き出しながら、列車はホイッスルを短く鳴らして目の前を通り過ぎていった。スンバラシ〜光景でアリマス。
いい物を見たと満足げにこの場所を後に、写真には写らない周囲をよく見るとクルマが無茶苦茶に止めてある光景には少し萎えてしまう。こんな事言いながら自分のクルマも含まれているので、あまりエラそーな事は言えないケド・・・。さて、本来の目的である「思いでのはつかり」を撮影しなくちゃ。
まだ時間があるので、本宮方面へと寄ってみる。
本宮の付近は上下線が離れている場所が多く、タイガーロープの心配も無用なので、東北本線の沿線の中でも撮影しやすい場所のようだ。しかし、撮影しやすいと言うことは、人出もタイヘン多いようだった。
なんだか良く見ると滝沢や小川原付近と良く似た景色で、なんか過去に撮ったことがあるアングルだなあ〜とデジャヴにように思え、仕方なく、朝寄った矢吹の跨線橋に勝るモノはないと思い戻ると、もう既に三十人くらいの人がカメラを構えていた。空いてる場所に三脚を立てて、遅い昼食を取りながら待つこと二時間。「思いでのはつかり」号は予定では14時半頃に通過の筈である。
その間、ED75の重連貨物や「ゆとり」などを撮影するが、通過時刻になっても583は姿を現さなかった。おかしいな〜と思っていると、誰かが携帯で越河〜貝田間で強風の為抑止を食らっているという話を小耳に入れる。
なんせ、日照時間が短い秋の季節、日が陰らないかとヒヤヒヤしながら待つ。結局、およそ30分遅れで通過。
10分前には、十分すぎる光量があったこの場所も、こんな感じであった。
2002/11/3
昨日、東北本線経由で上っていった583が、今日は「思いでのみちのく」として 常磐線経由で青森まで戻っていく。
昨晩のうちにR49で郡山からいわきへと抜けるが、いつ走っても距離感を感じさせないいい道である。この中通りと浜通の中心を夜中ならば1時間少々で移動できてしまう状況では、並行する磐越東線など歯が立たないのが良く分かる。あんまり常磐線というのは今まで撮影した事がないので、朝早くからロケハンに出かけるが、上り方なら結構ポイントが見つかるのであるが、下り方はなかなか見つからない。しかも、光線状態が微妙に悪い所ばかりだ。地図を見れば常磐線は南北に走っているのは一目瞭然で、光線の良い場所を探そうなんて無理なハナシなんだけど。
結局、広野周辺をウロウロする。
この辺も三年前に一回訪れた事がある。C62が大活躍した電化前は超有名な撮影地だったらしいが、自分が生まれる前のハナシなので、あんまりピンと来ない。ココは自分のような若造よりも、年輩の人の方が撮影地に関しては詳しそうだ。木戸まで行ってみるが、カーブしながら勾配を上っていくという面白い場所を見つける。そこには既に年輩の方がカメラを構えていたので少しお話すると、その方は最近退職されて、のんびりと鉄道を撮りながら、昔撮影した写真をパソコンでスキャンして保存するのが楽しみだそうだ。
自分もあと数十年後の60代にどんな楽しみを持って生きてるのだろうか?。相変わらず、こんな馬鹿な事をやり続けているのだろうか。馬鹿な事でも四十年続ければ立派な事じゃないのか・・・とアホな事を考えたりする。この場所も良かったが、その年輩の方と分かれて、Jヴィレッジの近くへと戻る。
Jヴィレッジとは広野町にある巨大な運動公園施設で、Jリーガーの為の練習施設も兼ねている場所だという。
先ほど、このJヴィレッジの近くで、トンネルに入る直前を俯瞰できる場所を見つけておいた。よく見ると、先客が一人いたが、あんまり目立たないので、ここで撮ることに決める。
海と583を撮ろうと思って広野まで来たのであるが、結局、こんな山深そうな所で「思いでのみちのく」を撮影する。
時刻は12時すぎぐらいで昨日と違い、定刻どおりであった。
太陽は雲に遮られたり、ガンガンに照りつけたりとヒヤヒヤしながら待ったが、結局、日が陰った時に列車は通過して行った。
1/400 F2.8という厳しい条件であったが、日が出ていたらモロ逆光である。いずれにしろ、難しい条件であった。
この後、広野駅の手前でスーパーひたち君を真横から海バックで撮影、こっちで撮れば光線の事などノーモンタイだっただけに悔やまれる。その後、いわき方面に戻り磐越東線沿線へと移動する。昨日も撮影した「あぶくま紅葉号」を撮影する為だ。磐越東線は郡山側は土地勘があるが、いわき側は全くなので、小川郷あたりで適当に探すと、駅を過ぎた辺りに路駐の車が目立ってくる。もう時間もないので、「赤信号、皆で渡れば怖くない」的にその路駐の後に自分の車も止め、慌ててカメラだけを持って出ると、何事かと一般の観光客までも次々と車を止めるので、車の路駐の列はタイヘンな事になっていた。
そして決まって「何が来るのですか?」と自分に聞いてくる。この列車、ちと普通の人に説明するのは難しい。SLなら一言で説明がつくのであるが。
返答に困った自分であったが、待つことなくすぐに列車がやって来た。シャッターを必死に切る自分の横では、列車を見て、おばちゃん達が「なつかしい〜」と喜んでいる。喜んでくれて、ヨカッタと他人事ながら思った。撮影後、先ほど広野付近で出会った人と会い、みんな同じ行動パターンなのね、と笑いながら分かれると、帰るだけとなった。
R6を南下して茨城県に入ったとたん、車が一切動かなくなってしまったのだ。いや、ただ渋滞にはまってしまっただけの様であるが。
しかし、この渋滞、なんだかおかしい。1時間経っても全然車は前に進もうとしない。何が起こっているのかさっぱり見当がつかない。
その頃、震度5という大きな地震が東北地方南部で起こっていたのであった。
私が鈍感だから気づかなかったのか定かではないが、なにやら地震が起こったらしい。
この渋滞も地震によるものであったのか分からないが、北茨城市を二時間かけてようやく通過した。自分はこれだけで済んだが、その頃「思い出のゆうづる」に乗った乗客は長時間足止めをくらったらしい。そして、某掲示板で大騒動になった「名取事件」が起きるのである。
結局、「思いでのゆうづる」は終着青森を19時26分着の予定が、23時過ぎに到着したそうだ・・・。
最後に当列車にご乗車の皆様、ご苦労様でありました。(ふうっ)