飯田線の車両達
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   165系

かつては飯田線は南信地方と東京・名古屋・長野を結ぶメインルートで、国鉄末期には全線で10往復のも急行が設定された時代もありましたが、その急行用車両として大活躍したのが165系です。
1982年には東北・上越新幹線開業で余剰となった車両が飯田線に転属、普通列車運用にも使われ始め、1年後に新製された119系と共に旧型国電を一掃する事になったのですが、デッキ付きのこの車両はラッシュ時に使い勝手が悪く、普通列車として使われた時期はそう長くありませんでした。しかも、その時期を前後して次々と飯田線から急行列車が廃止され、飯田線からは一時期165系は姿を消しました。
その後1990年代に入ると波動用編成として3両1本が豊橋運輸区に常駐され、119系の代走や臨時列車として再び使用される様になり、1992年12月には急行「伊那路」として臨時列車ながら飯田線内急行が奇跡の復活。96年3月の特急格上げまでの約3年間、主に日曜・祝日を中心に運転。その後もさわやかウォーキング開催時の臨時列車などで活躍し続けましたが、2001年春には全車廃車となりました。

三河東郷〜大海
95.11.23
伊那路6連
東上駅構内
96.2.3
スプリングポイントを渡る
湯谷温泉〜三河槙原
96.3.10
急行伊那路最後運転日
東上〜野田城
96.4.14
急行伊那路廃止でも一安心?

東上〜野田城
98.11
HM付さわやかW臨
701
702
703
704
705
東上〜野田城
99
代走運転
706
169系
上記の165系と共に国鉄時代は飯田線内急行として大活躍した車両で、165系との違いは主に(今は無き)信越本線横川〜軽井沢間にてEF63型機関車と協調運転できる設備が追加されている点で、飯田線内では165系よりも1両多い4両編成単位で主に北部で使用されてきました。
国鉄末期には0系新幹線と同じ簡易リクライニングシートへ換装改造を受け、飯田線に唯一残った急行「かもしか」として南信と長野を結んでいましたが、国鉄民営化後は快速列車に格下げ、名も「みすず」と変わりました。
しかし、98年12月には快速「みすず」運用も115系へと役割を譲り、165系よりも一足先に飯田線から姿を消しました。

改造された後は、中央道の高速バスと互角に戦える設備を持った車両でした。しかし、辰野を境に分割民営化された現在では両会社ともこの区間の輸送は消極的な為に、テコ入れは望めないでしょうね。

伊那本郷〜飯島

与田切川をこえる
田切〜伊那福岡

最後に見た169系みすず
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